リナが来てくれました。

数年前、大学進学の支援をした、
リナが子供を連れてお寺に来てくれました。

リナとの出会いは、ソーシャルワーカ-の家でした。
話をしている時に、たまたま側にいたリナの話になり
「リナの支援をしてくれないか?」
と言われました。

家庭状況は厳しく、
兄弟が多いので両親がいくら働いていても、
大学に行かせられる程の収入が得られません。

リナは村の子供達に、勉強を教える程勉強好きで、
友達と一緒に大学へ行こうと話をしていたようです。

でも、お金がないから諦めざるおえなかったようです。

そんなリナと出会った日が、
『大学申込みの最終日』という不思議な縁でした。

リナ来寺

今は、結婚をして(結婚相手を学力で判断することもある)、
二人の子供を育てる立派なお母さんになりました。
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仏心寺駐在日記 12月18日

 仏心寺にいると、いろんな旅行者が来られます。
その方といろんな話をします。
世間話から、お互いの感じること、考えること。
お互いの意見が食い違うこともあるので、そのときはお互いの意見を聞いて、
そこは違うなど、討論のようなことにもなります。
むっとする人もいますが、
このように本音で話をする機会は少ないので、楽しく感じます。
特に、インドという日本の常識が通じないインドでは、
お互いいろんな思いがでてくるように感じます。

その中で、よく出る話題が、「物乞い」について。

町を歩いていると「物乞い」の子供、おじいちゃん、おばあちゃんがついてきます。

その子供達に会ったときにどのような対応を取るべきか。
この部分は人によって意見が分かれるところです。

ただ、一概に「物乞い」=かわいそうという見方だけではいけないと思います。
「可哀想であげてしまった」という声も聞こえますが、
それは本当にその子の為になるのか。
自分の気持ちがそれで満足しているだけでないのか。
いろんな考え方が必要になってくると思います。

実際にこれだけの「物乞い」がブッダガヤにいるのは、
一時期大量に支援の手が入り、たくさんの食料や着る物を提供したことが
一つの原因でもあると言われています。
長年にわたり物を支給した結果、
もらうのが当たり前。!
逆に何で最近はくれないの?という形になってしまっているのも事実です。
そして、そのもらうことが子供達の中では、
一種の遊びになっているようになっているのも感じます。
もらえたらラッキー、もらえなかったら、次に行こう。!

本当に「物乞い」をしないと生きていけない子もいますが、
その子たちは何人なのか。?


いろんな状況を考えることが出来ますが、
その中で、あげることによってその後どういう状況になるのか
ということも考えなくてはならない。
支給・提供する側の、責任もあるのでは。

仏心寺駐在日記 12月10日

今日は、ソヌに会いに行ってきました。

いつもお世話になっているビジャイさんとシンさんにつきあってもらい、バイクで移動。

メインの道の風景はドンドン変わっていきます。
新しい建物が建ち、建設ラッシュ。

それに引き替え、村の中に入っていくと、変化はほぼありません。

ソヌの家の周りも特に変化はなく、相変わらずの様子。
もちろんソヌの家も相変わらず。
IMG_3283.jpg

最近で変わったことと言えば、奥さんができたこと。
ただ、その奥さんも片目が見えない状態。

キッチンには、奥さんが内職で線香を作っていました。

IMG_3285.jpg


その値段は一キロ作って、10ルピーほど(約15円)

現在の収入はそれだけだと。


「目が見えるようになったらどうするのか?」と聞くと、
「仕事がしたい」と
奥さんも「目が見えるようになってほしい」と。
おばあちゃんも「どうにかして助けてほしい」と。

でも、そのためにはもう一回手術が必要で、そのお金が数万円かかるということです。
どうにかしてほしいというお願いをされました。

正直今すぐ出せる金額でもないので、
「出来るだけのことはしてみる」と伝えました。
そして、「目が見えるようになっても、おばあちゃんの手伝いをちゃんとすること。
そして、遊びまわらないこと」と伝えました
(結構ブッダガヤでふらふらしている男の子多いので)

IMG_3296.jpg

何とかできるか、どうかわかりません。
でも、僕が、この事実を伝えることができる唯一の人間だと思っています。

かつてビジャイさんに
「私はインドのことを知っているが、インドにいるので伝えることが出来ない。
あなたは日本に帰ってこの事実を伝えることが出来る。」
と言われたことが今でも忘れられません。


出会ったからには、ソヌに対して出来ることを精一杯していきます。

皆さんもご協力をよろしくお願いします。

おばあちゃんの縋る姿。忘れられません。




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仏心寺駐在日記 7月7日

 本日は、日本では七夕ですね。
こちらでは七夕という習慣はないので、空を見上げている人、
笹を用意している人は見ませんでした。

 ただ、今はインドのヒンドゥーの神様、シヴァ神のお祈りのために、
約1ヶ月間完全ヴェジ(野菜だけ)の生活を皆さん送っています。
この辺の宗教に対するスタンスが、すごいなと感心します。

 昨日はソヌに会いに行ってきました。
ソヌは両目が見えない病気で、両親がいません。
おばあちゃんが一人で面倒をみていました。

出会ったときは、お金もなく、薬を買うお金もありませんでした。
今は、薬のお金を毎月援助しています。

 約4ヶ月ぶりの再会です。
会うたびに、おばあちゃんが泣きながら手をにぎってくれます。
「目の調子は」と聞くと、
目の前数センチしか見えなかったのが、
5メートル先の物を見えるようになったということです。
歩き方も、前はおそるおそるだったのが、
今は堂々とした歩き方にかわっていました。
日雇いの仕事もたまに行くようになって、
収入も少し入るようにもなったということです。
といっても、月収/100円です。
ソヌ(おばあちゃん..

数年間見ていますが、この変貌は驚かされます。
そして、うれしいの一言です。

うれしいのはこれだけでなく、 
なんと結婚していました。
周りの人が、おばあちゃんが亡くなっても
一人にならないように結婚をさせたみたいです。
ただ、その奥さんも片目が見えない子です。
やはり、カーストや差別の問題で障害がある者
同士結婚させたんだと思います。
何にしろおばあちゃんは、少し安心になったはずです。

また、家の屋根が壊れたらしく、
雨が降るたびに家の中にすごい量の雨がながれこみ、
ベットの下も水浸しになるということでした。
さすがに屋根をすべて直すのは無理なので、
ビニールシートを町から買ってきて渡しました。

 
 日本のみなさんにいただいた寄付のお陰で、
遠いインドの地で一つの家族の役にたっています。
目の見えなかった子が、見えるようになり、
仕事にいけるようにもなってきました。
それだけでなく、性格も明るくなっているようにも感じます。
おばあさんも明るくなったと喜んでいます。

 本当にありがとうございます。
ソヌ家族も「ダンニャワード」(ヒンドゥー語のありがとう)
と日本の方に伝えたいといっています。