仏心寺 駐在17日目 7月25日

 朝2時半に起床。

3時に出発して、ガヤ駅へ。

夜?朝?駅は日本の駅とは全然違う光景が広がっている。
いたるところに人が寝ている。
駅の構内もホームも人だらけ。

電車の時間は、3時50分の予定なのだが、結局電車が到着したのは一時間遅れの5時前。
インドではこれが当たり前。
着けばOK!
遅れても気にしない。
小さいことは気にしません!。

電車は寝台車なので、いたるところで寝息が。
私も眠いので、そのまますぐ就寝。

途中で、朝ご飯にトーストとゆで卵が、紅茶が、お水が、最後にはジュースが配られたりと至れり尽くせり。おいしさは・・・・・。
ただ、降りる前には配ってくれた人がちゃんとチップの回収に訪れます。

なんだかんだで、電車に揺られること6時間。
コルカタに到着。

チャーターしてあった車に乗り換え、友人の友人に会いに行くことに。
旅行会社をしている人で、そこでいろんな話を。
お昼御飯は友人の方がご馳走をとってくれました。
コルカタで有名なお店のご飯で、マトンの煮たものと、オイルを使っていない少しマサラ味の焼き飯と大きなジャガイモ一個、それにタンドリーチキン。

マトンは最高でした!
カレーの味ではなく、スープでじっくり煮込んだあっさり味で、テールスープのような味。
焼き飯も、ジャガイモとともに食べるとベストマッチ。
タンドリーチキンは、他のお店の方がおいしかった。
話に夢中になり、気がつくともう4時に。

一緒について来てくれた人たちが泊るホテルにいきシャワーを浴び、ひと眠り。
一時間ほど寝た後は、歩いてお買い物。
ホテルからすぐの場所が大きなショッピング街になっていました。
路上では安い値段で服などをたたき売り。
お店は日本でも有名なリーバイスやアディダスなどが立ち並んでいる。
ネオンも輝いていて、ピザハットやケンタッキーフライドチキンもありました。
驚いたのは、ビルの横にある大きな看板に等身大のスパイダーマンがぶらさがっていました。
友人が子供の誕生日のため服を買いたいと、いろんな店を見に行くと、リーバイスのジーンズが、大変お安い!。
日本では一万や二万するのが、五千円ほどで売られている。しかもそこからセールで半額。
なんか複雑な気分でした。

2時間ほど歩きまわり、無事ショッピングも終了。
最後は、グリーンマンゴーを購入。

ご飯を済ませ、いざ空港へ。
10時に空港に到着。
友人に仏心寺への援助を約束してもらった。
「仏心寺は、お寺だからちゃんと手伝います。お金もお礼も要りません。仏様のことを大切にするのは当たり前。」書けないほどの暖かい言葉をいただきました。
(印象的な言葉を連ねてみました。)

やっと日本への帰国の途へ。
夜中の2時(日本時間、5時半)にコルカタの空港を出発。
バンコクに朝6時(日本時間8時)に到着。
バンコクを昼の11時(日本時間1時)に出発。
日本には夕方6時半に到着しました。

仏心寺を支援する会より
       お疲れ様でした!。
今回の、清水良将君の感想文はホームページに掲載しています。
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仏心寺 駐在16日目 7月24日

 本日で今回の駐在も最後である。

ゆっくり洗濯をしてパッキングと思ったがそうもいかなかった。

子供たちとスタッフの新しい制服ができたので、一人一人手渡していく事になった。。
子供たちは緊張し、名前を呼ぶと前に出てくるが、照れくさそうに受け取る子、嬉しそうに受け取る子、不思議そうに受け取る子、それぞれ違う反応を見せてくれる。
配り終わり、これは日本の人たちから贈られたものだから、大切に使ってくださいと話をする。さっそく着替えてもらった。
スタッフにも、なお一層頑張ってほしいと伝える。

みんな綺麗な服に着替え終わると新鮮な感じである。
ここで、記念撮影!。
いつも授業をしている場所と、本堂で。
制服新調

その後、昨日宿題で出しておいた「家族の絵」を一人一人前に出てきてもらって発表。
それぞれ、子ども達の個性がすごく出ていて、みんなで笑顔で鑑賞。
この絵は日本に持って帰ってきました。
子供の絵

それが終われば、今度は建設の打ち合わせ。
もう日本に帰国するので、いろいろ最終の決定を済ませないといけないので、エンジニアさんと打ち合わせ。
バタバタしていると、なんともう夕方に。

明日の朝3時に出発なので荷物の整理をしないといけないのに全くしていない。
あわてて荷物整理を始めて、終わればもう真っ暗。
お勤めをし、友達とご飯を食べ、あっという間に最後の一日が終了。

バタバタして忙しかった、けれども、できることを精一杯やった感じである。

これで仏心寺の駐在としては、今回は終わりになりました。

仏心寺 駐在15日目 7月23日

 現地の支援をしているインド人の人とまた会ってきた。
前回に続き現地の状況を聞き、いろいろな課題や問題点を聞いた。

その中で、高校ぐらいまでの教育までは受けたが、それ以上はお金が払えないから学校にいけない子がいるということを教えてもらった。

リナという19歳の女の子。
お父さんはリキシャー(自転車のタクシー)に乗っている。
リキシャーの稼ぎは、日によって変わるが、大変少ない。
なので、上の学校に行くためのお金(日本円で5000円ぐらい)は当然出せない。
(大学は場所によって違うが、リナが行きたい学校は、年間に上記の金額+教科書代がいる)
それでも、勉強したいから、少しずつお金を貯め、少しまとまったらコンピューターの勉強を受けたり、学校を自分で開いて25人の子供に勉強を教えたりしているという。

話をしている場所に呼んでもらい、会って話をすることに。
恥ずかしそうにやってきた。、勉強がしたいなどの話を聞く。
「今日友達が一緒に学校の登録をしに行こうって来たけど、私はお金がないからと断った」という。
大変さみしそうな顔で下を向きながら話をしていた。

お父さんも一緒に来ていて、できるなら子供に勉強をさせたいと言う。

今インドでは学歴が大切になってきていて、結婚の時に女の子の最終学歴を聞くらしい。
あまり勉強していない人とは結婚しない傾向があるらしい。

話を聞いていて、その子の思いやお父さんの思いを強く感じた。仏心寺として支援をしていくことが出来ればと感じた。

その後、ソヌという目がかすかにしか見えない子に会いに行くことに。両親は亡くなっていて、おばあちゃんが少ない稼ぎで面倒見ているらしい。

仏心寺からは少し離れた村の奥の方に家はあった。私が家に着いた時、お祈りに行っていて留守だった。
おばあちゃんが居たので話を聞いた。
家にはだれも稼ぐ人がいない。
おばあちゃんは、牛の糞を壁に貼り付けて、それを乾かして売った少ないお金で生活をしている。
また、目の治療のための薬が毎月500ルピー(1000円)かかる。
(このお金は、紹介してくれた人が支援をしている)
家は壊れ雨漏りがしているが、それを直すお金もない。
ソヌだけが、働ける年齢だが、目があまり見えないから働けない。


家というより、あまやどりをするような場所だった。
話を聞いていると、近くに住んでいる親戚も集まって来て、どうしていいのか分からないと、涙を流しながら話をしてくれた。

話を聞いていると、お祈りからソヌが帰ってきた。
目は曇った様に白色になっていて、近づくと黒目がかろうじてわかる程度だ。
物を見るときは、くっつきそうになるぐらいの距離で見ている。
ただ、印象的だったのは話を聞いている間も、ずっと笑顔だったということである。

でも、おばあちゃんはどうか助けてほしいと泣きながら訴えていた。

正直インドでお金がないからほしいという人はたくさん会ったが、泣きながら訴えられたのは初めてであった。
帰り際に、家を直すためのお金300ルピー(600円)を渡した。

帰り道、「月々500ルピーを支援出来るよう考えます。」ということを案内してくれた人にを伝えた。
その人は、自分のことのように喜んで、バイクを道のど真ん中に止めて本当にありがとうと手を握りながら言ってくれた。


今日は私にとって、一つも二つも進んだ一日になった。
なかなか見えないインドの現状を教えてくれる人ができ、ヘルプをしてくれる人ができた。

仏心寺は、お寺である。
みんなの支え(寄付)で成り立つお寺であるが、みんなを支えるためのお寺でもある。
もっともっと、みんなを支えることの出来るお寺にしたいと強く思った。
16日目02
16日目01

仏心寺 駐在14日目 7月22日

 少しずつ涼しくなってきたと思ったら、また暑さが戻ってきたインド、ブッダガヤです。

今日は、二日前に行った村を再訪問。
田んぼのあぜ道を歩いていると、田植えをしている人が増えてきて、二日前まであった道がなくなっている場所もところどころあった。
けれども、それにも負けず子供たちは、歩いていく。
水が入っている田んぼがあれば、そこに入って水遊び。
すっきりしたらまた歩き出す。
それの繰り返しで汗だくになり到着。

村に入っていくと、道のど真ん中に大きな牛が寝てこっちをみている。
身体が大きすぎて、人が一人通れるぐらいのスペースしかあいていない。

子供たちは普通に走って通っていくが、私が近づくと牛は立って逃げだそうとする。
たぶん牛は怖がっているのだと思うが、私も怖い。

そんな気持ちを察してくれたのか、他の細い道から回って子供たちが迎えに来てくれた。
両側が土壁で人一人が通り抜けれるような道を通ると、子供達の家が。
後ろを振り返ると前回同様村の人たちが集まってきている。
ビデオカメラやデジカメで写真を撮っていると自分も自分もとみんなが寄ってくる。
ただ、カメラを向けた瞬間笑顔がなくなって、真剣な顔になるのは何回見ても不思議である。

一時間ぐらい滞在すると、雷が鳴り始めたので帰ることに。
ブッダガヤの周りは、高い建物があまりないので、雷がよく響いて来て、まるで地響きのような感じに聞こえます。
雷とともに、真っ黒な雲が近づいてきて、ちょうどお寺に着いたころに雨が降り出した。

夜は、友達の家に。
いつも仲よくしてくる40歳ぐらいの人で、いつもふざけてかってきたりしてくるインド人であるいるが、かなり頭のきれるホテルのマネージャーです。
今まで一回も家に行ったことがなかったので「家に行っていいですか?」と聞くと喜んでOKを出してくれた。

小雨の降る中バイクに乗り5分。
家は一階と屋上だけで、小さい8畳ぐらいの部屋が6個ぐらい。
そこにお父さんとお母さん、自分と妹の夫婦と子供が住んでいる。
お父さんは屋上に部屋を作って寝ていた。
レンガで建てた家で、レンガが丸見え。
入り口にはお決まりの牛がいて、ガスは使わず、牛の糞を燃料にカレーを作ったりしている。
部屋で話をしていても、横で牛の糞に火をつけて、チャイ(紅茶)を作ってくれた。
14日目01

家中の部屋を嬉しそうに案内してくれて、家族みんなを紹介してくれた。
正直な感想は、ホテルのマネージャーが住んでいるような家ではないというのか感想だった。いつもきれいなシャツとパンツをはいて決まっているので、まさかこのような家だとは失礼だが思わなかった。
そう思っていると彼が「お金がすべてじゃない」といった。
そのあとに「お金は死んだら持っていけない。死んだら心だけが一緒に行く。お金が重要じゃなく心が大切。だから、心から良いことするこが大切。」と。

大変考えさせられる言葉。
そして、大変納得できる言葉。
実際に家を見て、ホテルでの仕事姿や普段助けられていることを思い出すと、行動と言葉が伴っているのを感じる。
これ以上は、どう言葉にしていいのかわからないが、ぜひ伝えたい言葉だと感じた。


インドにいると、本当に心という部分を考えさせられる。
簡単そうでなかなかできないことである。
インド人は、今でもみんな宗教を信じ、神様が見守っていてくれて、亡くなったら神様の場所に行くだけだと言っている。
「善い行いをしていくのと、しないでいくのと、どっちがいい?。善い行いをした方がいいでしょ!」という。
日本には、本当になくなっている姿ではないかと感じる。

宗教が本当に根付いていることを改めて実感させられた日だった。

仏心寺駐在13日目 7月21日

 ブッダガヤ生活も残り少しになってきました。
日本に帰りたい気持ちもあり、さりがたい気持ちもあり、複雑な感じです。

 さすがに疲れもたまり、朝はゆっくり目に起床。
最近、慣れない重いリュックを背負って歩いているので、体中が軽い筋肉痛のような感じである。
13日目工事01
14日目工事

 いつもどうり、学校と工事をチェックして今日も子供たちの帰宅に同行。
本日は、比較的近くの村へ。
そこは、大きな道のすぐ横の村で、道にはたくさんの車が通る。
その横には、やはり土塀の家が立ち並び、たくさんのアヒル、ヤギ、牛がいて、ゴミが散乱している。
池があるが、ゴミと緑色で覆われている。

その横に村があり、家が立ち並んでいる。
そこには、学校の卒業生などもいて、歩いていると声をかけてきてくれる。
また、物乞いをする子供たちも多い。
大きな道が近い分、物乞いをすれば物が貰える事を知ってしまっているのだろう。

村の中を奥へ入っていくと、知り合いの人と出会った。
その人と村の奥に入っていくが、奥に行くにつれて動物は増え、家はぼろぼろの物が増えてくる。

知り合いの家を見せてもらったが、「貧しいから家は小さい」といわれました。

綺麗な道の側でも一歩踏み込めば、貧しい現状が見えてくる。
それとともに、物乞いをする子供たちも多くなる。

目先の事にとらわれて、働かないで楽をすることを知ってしまっている。
将来、後悔してほしくないという思いがわいてくる。

それをどうしたら解ってもらえるか、難しいところである。
14日目工事01

仏心寺駐在12日目  7月20日

 少しずつ、涼しくなってきている感じがするインドです。
ただ外歩くと相変わらず汗だくです。

今日は、子供たちの家にいってきました。

10人ぐらいがいつもまとまって帰るので、その後を付いていきます。
仏心寺を出て、すぐに田んぼの方に歩いていきます。

雨が全く降らないので、もちろん田んぼは日上がってます。

その中、人が歩いた場所だけ土色の道ができています。
正面には地平線が見え、ところどころにヤシの木が生えている。
大変眺めがよく、すがすがしい気持ちになる。
12日目01

子供たちの後ろを歩いていると、
みんなが嬉しそうに、何度も後ろを振り返りながら歩く。

15分ぐらいで小さい村が見えてくる。
村に近づくにつれて、田んぼには、とうもろこしや稲が植えてある。
草もふえ、その草になっている実をとって食べながらみんな歩いていく。

それから歩くこと10分、やっと村に到着。
壁はほとんどの家が土塀。ところどころレンガを積んだ家もある。
村の中の道には、牛の糞とおしっこなどが散乱している。
12日目02

家の中や前には、いたるところに牛ややぎがいる。
日本人が珍しいらしく、みんな家からでてきて不思議そうに見ている。

子供たちの家に入ってみると、玄関にはやはり牛がいる。
そして中では、お父さんお母さんが内職をしていた。
子供と一緒に写真をとって次の家に、次の家の人は中に入ってほしくないといわれた。
また、他の子の家を訪ねると、「自分の家は貧しいから」といわれた。
12日目03

真っ暗な部屋の中で、子供がカレーとご飯を混ぜたものを食べている。
もちろんその横には、牛がいて糞がたくさんある。

そんな感じで一軒ずつ回っていくが、どの家を見ても、土塀で暗いのである。
けれども、子供たちはどうか?
大変元気で、笑顔に溢れている。
他の家にも、どんどん入っていくが、誰も文句を言わない。
村中が、一つの家族のように見えた。

帰るときには、村の外までみんなで見送りをしてくれた。そして、その中の3人の子はお寺まで道案内をしてくれた。

その間、物乞いは一切しませんでした。

現実をみて、やはり支援は必要だと感じる。
特に今の時期、雨が降らないため農業をしている人たちは打撃を受けている。

けれど、子供たちの心と笑顔は大変素晴らしいものがある。
そして、みんな仲良く暮らしている風景は、見ていてほほえましいものがあった。

仏心寺駐在11日目 7月19日

 学校の子供たちを見ていると、三年前は、やんちゃで言うことも全くきかなかった子供が、今では年下の子供が遊んでいるとしかったり、授業が始まる前に来ていろんなものを準備したりしているのに気付く。
それが一人だけではなく、他にもたくさんいる。

今はやんちゃで手に負えない子もいるが、その子たちもゆくゆくはそのようになっていってくれるとすごくうれしい。11日目01
11日目02


 今日は、現地の人で貧しい人のために役所に支援の申請の手続きをしたり、支給物をくばったりする仕事をしている人と話す機会があった。

 「自分も昔は貧しく学校にも行けない状態だったが、支援のおかげで学校に行くことができたので、今では、逆に貧しい人のためにと動いている。」という。

 家に行くと大量の書類を3人ぐらいでチェックしていた。
チェックしていても、電話がひっきりなしに鳴り、申請書を持った人がひっきりなしに来る。
この人達は、これらのことを全部を並行してこなしていた。

 30分ぐらい待っていて、「やっと時間ができた。」と話しだすと、すぐまた人がきて忙しくなる。

 それからずいぶん経って、やっと話をすることができた。彼は、冊子を見せてくれた。
中には、名前や家族構成、学校からどれぐらいの距離の場所にいるかなど、10項目ぐらいが細かく書かれていた。
何のチェックリストか聞くと、「家がない人のリストだ」と教えてくれた。

名前の横に番号がふってあったので、見てみると、1000以上あった。
でもそれは、この場所に登録に来た人だけの数だから、実際はもっと多いのは想像できる。

リストはそれ以外に、先天的な病気で悩んでいる人が政府の支援を受けれるようにというものもあった。

いろんな話をきいていると、「今、最も大きな問題がある。」と教えてくれた。
「若い人がお年寄りにご飯をあげない人が増えてきている」そして、
「孤児の子がたくさんいる」ということである。
そのほかにもたくさんの問題はあるみたいだが、この二つが一番の問題のようだ。


これは、仏心寺のすぐ横の村で起こっている事である。
普段歩いていても、そのような現実はわからない。
言われてやっと、そうなんだと気付く。

発展しているインドでも、私がいるブッダガヤはインドの中でも貧しい州であり、その田舎の田舎である。
そこには、政府の支援も少ししか回ってこない状況である。

やはりこの場所は、支援が必要である!
小さい事でも、私たちにできることがたくさんあると感じた。

私は、幸いにもその事を教えてくれる人と出会うことができた。
支援をしてくれるなら、やり方を教えてくれると言ってくれている。

あとは、やるかやらないか。
答えを求められた。!

仏心寺駐在10日目 7月18日

 今日は風も涼しく大変過ごしやすい朝だった。

今回の来た目的に、いろいろな映像や写真を撮って帰る目的もあったので、朝からカメラなどをもってお散歩へ?。
10日目工事01
11日目工事01

いつも歩いている道は、表通りでホテルなどが立っている。
けれど、一本奥の道に入るとインドの生の表情が見えてくる。

表通りの綺麗なホテルや、バイク車が通っている姿からは想像できない光景である。

裸の子供が走り回っていて、道端にみんな座っている。
道にはゴミが散乱し、その中をイノブタや鶏、ヤギが歩いている。
言葉では表現できない光景である。

その中でカメラを向けると、子供たちがいっぺんに集まってくる。
貧しいかもしれないが、子供たちは元気で笑顔であふれている。
ゴミにひもをつけて引っ張って遊んだり、CDの真ん中の丸い部分に棒をつけて転がして遊んだりと、いたるところが遊び場になっている。

本当に元気で、デジタルカメラでとって撮った写真を見せると大変驚く。
たぶん、撮った写真がすぐ見れるのが珍しいんだと思う。
そして、ビデオカメラで撮ると、初めは全く動かない。
普通のカメラと思っているのか、緊張しているのかわからないが。
カメラの映っている画像を見せるとびっくりして、今度はダンスをしだしたり、周りの人に「カメラがきている」といって、周りの人が集まってきたりと、大変賑やかになってくる。
そして、みんな笑顔であり、みんなが一緒に生きている。

隣近所はもちろん、村の中全部が知り合いであり、一緒に住んでいる家族のような状態である。

こういう所は、日本の都会にはなくなってきている光景だと思う。
もちろん、村の中では玄関の扉に鍵をしている家などありません。

このように生のインドをみると、見習わないといけないというか、人と人との関係というものがおもしろく、興味深い。

これがインドの魅力だと感じる。

日に日に、気温が下がってきている感じで、来てすぐの時よりは過ごしやすくなってきた。
ただ、暑いのには変わりないが。

仏心寺駐在9日目 7月16日

 今日は、学校の昼の休憩の時間に、子供たちとけん玉など、昔の日本の遊びを楽しんだ。

一緒に泊っている日本人の方も一緒になって、遊んだが、久々にすると大変楽しい遊びですね。
学校の先生もスタッフも一緒になって、けん玉に夢中になってしまい、むしろ子供たちより楽しんでいたのかも。

日本の幼稚園などでは、今でもけん玉などをして遊ぶのか疑問に思った。
むしろしないのかも。
でも子供たちは大変喜んで必死になって楽しんで遊んでいた。
少しうまくなったら見せにきたり、だるま落としは目の前にきてちゃんとできるというのを見せてくれる。
見ていて大変無邪気であり、ほほえましい感じがした。
けれど、元気すぎて圧倒されて大変疲れるのも事実。


お昼には、宿泊していた二人の日本人の方がデリー(首都)に向けて旅立っていった。
なんだかんだで、あっという間に三日?四日ぐらいの時間が過ぎてしまっていた。
大変喜んでもらい、とにかく安心して、ゆっくり出来て気が休まったということなので、本当によかったと思う。
ここに一つ仏心寺の役割が成り立っている感じがする。

使ってくれる人、それぞれの心の中に残る場所になっていってほしいと願う。

記念写真を撮ったので載せます。
2010/7/16



こうして、二人だけだが、けれども、ブッダガヤのこの地に日本のお寺があるということを知ってくれたこと、そして、満足してくれたこと、こうやって少しずつつながっていくんだなと実感しました。

少しずつ少しずつ、
そして、一個ずつの縁を大切にしていきたいものである。

仏心寺駐在8日目 7月15日

今日で、インドに来て一週間になる。
あっという間に感じる。
一週間で一番変わったことは、体重だと思う。

この暑さは大変身体に答える。
動くのもゆっくりあせらず動かないと体力の消耗が激しい。

常に一日中汗をかいているので、結構痩せているはず。
30分本堂でお勤めをすれば、服は汗だらけで、体にまとわりついて気持ち悪い。

いつも行っているお水やお菓子などを売っているお店は、昼の12時~4時まで暑さで人がこないし、自分も暑いからお店を閉めている。他の露店やお店もみんな昼間の暑い時間は店を閉めている。

また、ここ二日ぐらいは雨もないので、空気も風も暑くなってきている。

NHKのニュースでは日本は大雨と報道していますが、逆にこっちは雨が降らなくて困っている状況です。


仏心寺の工事は、穴掘りの作業が終わり、次はコンクリートをいれる工事に入る。
今日は、そのための資材の搬入?があった。
トラクターから

トラクターで大きな荷台を引っ張って、その中に砂と、セメントと、鉄を運んできた。
そこからはもちろん人力で運んでいく。
荷物を載せて


写真のように、頭の上に袋を乗せて運ぶスタイルで一個ずつ運んでいく。
大変姿勢がいいのが気になる・・・・。

明日からは、鉄筋を切断して基礎をつくっていく作業に入る。
これももちろん手作業。針金で鉄筋と鉄筋を結束してゆきます。
詳しくはまた明日からの写真で。