2010.11.27

本日は、ヒンディー語を英訳する辞書を買いに行ってきました。
小さい本屋さんで、店の真ん中に店主が座っていて、手を伸ばせばすべての本に手が届く。

辞書をと言ったら、英語のヒンディー語訳がでてきた。
それではなく、ヒンディー語の英語訳の辞書と言うと出してくれました。

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辞書を見てみると、なんと上の部分がねずみにかじられていました。

余談ですが、こちらではねずみは神様の乗り物で、大切な生き物の一つです。
日本では邪魔者扱いですが、ところ変われば変わる物です。

かじられているのが嫌だったので「違うのはないのか?」と聞いてみる。
「これ、一冊だけ。」と言われる。
日本で、かじられたものを出したら、何を言われるかわからないですよ。

店主は、「これじゃだめなのか?」と聞いてくる。
「これはかじられているから、NEWがほしい」と言うと、
「これはNEWだ。一回も使ってないからNEWだ。」と平然と言われてしまいました。


確かに一回も使ってないからNEWなのは分かるけど、かじってあるんだから・・・・。
ここは、インド!
インドの考え方を学ぶ上でも、納得して購入しました。

日本では、箱の角がちょっとつぶれていたり、壊れているだけで、アウトレットで売られてしまうご時世。
この様に、場所が変わればネズミにかじられてもNEWだと売る世界もあります。

どっちがいいのでしょうか?
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2010.11.26

 昨日の夜、通りがかったチベット人のお店のドアが開いていました。
今まで、閉まっていたので、やっとオープンしたんだ。と入っていくと、
顔なじみのチベット人夫婦が、明日からオープンだけど、お茶でもと言われた。

約一年ぶりの再会、お店の雰囲気やお母さんが懐かしく、本当にうれしかったです。
お茶を一杯だけと思っていたが、二杯・三杯とご馳走になってしまいました。
チベットのバターティーは、甘くはないのだが、独特なバター風味のお茶で、
体の中から温まってくる、僕は大好きです。
「又、明日。」と約束をして帰宅。

朝一番に行くと、大勢のお坊さんが座っていてびっくり。
タイや台湾、ベトナム、ネパールなどいろんな国のお坊さんや尼さんたち。
注文の嵐。
お母さんは一人で注文を取っては、出来上がったご飯を運んでの繰り返し。
申し訳なく思いながら、座って注文を済ませて待っていると、
知り合いのタイのお坊さんが、話しかけてきました。

「今日はタイのお坊さんが、ブダガヤのいろんな国のお坊さんを招待して
ご飯をふるまっている。
あなたもお坊さんだから食べていって」

私を、お坊さんと認識してくれたこと、偶々来ただけの他の国の人にも
どうぞ一緒にと言う広い心に感謝の一言でした。

しかし、注文したものは出てくるまでに1時間近くかかりました。
その間、みんなが持ち寄ったフルーツを分け合ったり、他の店からケーキを買ってきては
みんなで分けたり、みんな一緒に楽しんでいました。

タイのお坊さんは、ご飯も食べず一人一人を気に掛け、ちゃんと注文したのか、
ちゃんと食べたかなど気配りをずっとしていました。

こちらのお坊さんを見ていると、いろんな人から崇められていて、堂々とした印象を受ける。
でもこの様に、違う場所では仲良く一緒に楽しく過ごしていて、気配りを忘れない。
心細やかで、大変アットホームで身近な印象を受けました。

又、どの国の人としゃべっていてもそうなのだが、
「自分の国に来てください!
ちゃんと旅行をアレンジします。
一緒に修行しましょう」と誘われる。

台湾、スリランカ、タイ etcいろんな国の人に誘われる。

すごくうるさかったり、食べ方が汚かったり、肘を付いていたりとお行儀が悪いのです。
でも、心は本当に暖かく、笑顔が絶えないんです。
見た目も大切です。だがもっと内面的な部分が大切で、日本人には欠けてきている部分ではないかと感じました。

ただ、言葉の壁は高いです。
英語は本当に大切ですね。!

2010.11.25

こっちにきてちょうど3週間が過ぎました。
あっという間、という気もします。
何度も渡印しているので、体自体も慣れてきたのかなと自分で解釈しています。

こちらは、朝晩本当に寒くなってきました。
夜は布団と毛布で寝ています。
暑いって思われるインドですが、この時期から徐々に寒くなっていきます。

本日は、去年も3ヶ月仏心寺に宿泊していた台湾の夫婦が到着しました。
来月、チベットの大きな法要が2週間近くある。
この夫婦は、それに参加するために来られました。

毎日、朝から夜までお経を唱え、法話を聞くという大変な法要です。
それに参加する為に、チベットはもとより他の国の人もたくさん集まってきます。
今、ブダガヤの宿は泊る処を探すのが困難な状態になってきています。
今年だけでなく、毎年。

時折、ダライラマさんも来るのですが、その時は大変なことになります。
2・3ヶ月前から宿に長期滞在のメールを送ったり、
早い人は帰るときに、次の予約をします。

台湾の夫婦も、去年はじめて仏心寺に泊ってくれ、大変気に入ったらしく
「また、来ます。」と言って帰っていき、
2ヶ月前に予約メールがきて、今年も宿泊してくれました。

早朝に到着し、私の顔を見た瞬間「会えてうれしいです。」と言ってくれました。
私も、その笑顔が大変うれしかったです。

このように、毎年来る人が少しずつ増えてきて楽しみです。

たくさんの人に仏心寺を使っていただき、安心して泊っていただき喜んでいただく。
仏心寺の目指している一つの形でもあります。

2010.11.24

ふと思った。
ここに来て、日本語で話すことが少なくなってきていることを。
日本に留学していた友人と話すときは、日本語だ。
彼がいないときは日本語を話せる人がいない。

ブダガヤを歩いて、お土産屋さんや子供が日本語で話しかけてくる。
ちゃんと話をする事は、ほぼない。

今日、日本語話したのは5分以内であろう。
まあ、海外なのだから当たり前のことなのだが、ホームシックかな?。

久々に日本のお米を食べた。
日本のお米は本当においしい。
小さい頃から食べてるのもあるが、ご飯だけ食べても本当においしい。

日本のご飯とインドのカレーをミックスして食べたが、ちょっと違った。
インドのカレーはシャバシャバしている。それがご飯とからまると粘り気がでてくる。
逆にタイ米だどちょうどいい感じになる。

また、日本のお米はお腹にずしっとくる、タイ米と同じ量を食べれない。
インドの友人も、日本のお米はおいしいけどお腹にたまると言っていた。

結論。

日本のお米はお米としては本当においしい。
けれども、インドのカレーにはタイ米の方が合う。

その土地や食文化にあったものがちゃんと作られていて、残っているのだと実感した。

2010.11.23

 インドの朝は大変素晴らしい。
日の光が強く、また大変暖かく感じる。
なので、一日が始まっていくのが実感できる。
そして、みんなが動き出すというのが肌で感じることができる。

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最近は乾季なので、砂が舞い上がっている。
寒い朝は、火を起こして暖をとる。煙で空は少し曇って見える。
その中から出てくる真っ赤な大きな太陽は一回見ると忘れられない。


お昼に一人の日本人が訪れてくれた。
宿泊がしたいという訳ではなく、観光で巡って来た人だ。

「写真を撮ってもいいですか?」と言われ、その後立ち話をした。
仏教や日本の現状の話、旅で出会った人の話しなどなど・・・・。

仏教について勉強されていて、哲学・科学・著名な人の本など、沢山読んでる人だった。
20歳の時に、いろんな教えを学び自分に合うものを探し、仏教に行き着いたという。
仏教は素晴らしいし、生きていくうえでは必要だという。
また、ブダガヤでお祈り、お参りされる人たちの姿は、本当に素晴らしいと。


その中で一つ気にかかる言葉を言われた。

「どうして、ブダガヤに日本のお坊さんはいないんですか?」

彼は、ブダガヤに1週間いて、毎日夕方に大塔へ行くのだが、
日本の僧侶を見かけたことがないという。
道端を歩いていても、日本の人はほとんど見ない。

「どうしてですか?」と聞かれた。

答えるのには大変難しい。

何故なら、この疑問は私も持っているからである。

仏教の発祥の地であり、仏教徒の一番の聖地である。
なのに、日本の僧侶を見かけないというのは、大変不思議に思う。
多い少ない、良い悪いが問題ではない。何故なんだろうと疑問がでてくる。

この質問は、大塔の管理をしている僧侶にもされたことがある。

仏教徒なら一度はこの場所に来てほしい。
来てどうなるとかではないが、お釈迦さまが悟りを開いた所である。
仏教一番の聖地だからである。
また、沢山の人が拝んでいる姿、世界中の人が拝んでいる姿、
この姿を見てほしい。

長くブダガヤに居ると、色々日本の僧侶について細かく聞かれることが多い。
日本の僧侶と会って話す機会が少ないのだと思う。

あなたが僧侶なら、出来ればしばらく居てお勤めなどをしてほしい。
忙しい日本人であるが、仏教国である以上、この場所を再認識してほしいと感じる。
理由はどうであれ、今の私たちにとって来なければいけない場所と思うからである。

2010.11.22

 今日は、友人の家で、マトンカレーを御馳走になった。

息子さんがデリーから帰ってきている。
デリーに戻ってしまう前に御馳走をということで、お母さんが用意してくれた。

どこの国でもお母さんが子供を思う気持ちは変わららない。
子供に少しでもいいものをという気持ちが変わらないのだなと実感。
そんな暖かい気持ちの場に一緒にいれるということは、うれしいことである、

日本では親が子供を殺す事件や、子供が親を殺す事件。
死んでもほっておく事件が毎日のように報道されている。
普通に考えたら、おかしい話である。
そのおかしいことが、「また起こったか」と見ている状況もおかしい。

今、ブダガヤで見ている状況は、本当に貧しい。
それでも、たくさんの子供が生まれている。
みんな貧しいながら一緒に生活している。
ものがなくても、食べ物が少なくても分け合って生きている。
そして、なによりみんな笑顔である。

恵まれた日本からみると、こっちの生活は大変だ。
それでもみんな一緒に生きている姿、笑顔をみると、
どっちがいいのかどっちが正しいのかわからなくなってくる。

こっちの人たちは、神様を心から信じている。
貧しくても神様へのお供えは欠かせない。
お参りもして、ドネーション(布施)までする。
その心は、貧しさとは関係なく、心にしっかりとした芯があるように思う。

2010.11.21

 本日は日曜日。
あまり日にちのことを気にしないので、あっとおいう間に一週間が過ぎていく感じがする。

 本日は、なかなか会う時間がなかった、貧しい人の為に活動している人と、久々に会う時間ができた。
日本人である私たちは、現地の細かな状況を知ることが難しい。
この人は、いろんな事を教えてくれ、書面を作って示してくれる信用できる人である。
話をして決めたことは、すぐに行動に移してくれる。本当に頼りになります。

家に行くと、私たちが支援している子たちもその家に来てくれていた。

一人は、大学に行きたいがお金がなくあきらめかけていた女の子。
日本円で一万円弱のお金で一年間大学に行けます。
でも、彼女の家庭は貧しい。父親がリキシャーで稼ぐ一日200円では到底無理である。
家に入ると二人と目が合う。満面の笑みで迎えてくれた。
私と、会うために綺麗な服を着てくれていた。
学校へは、ちゃんと行ってる。楽しい。と質問すると、Yesという答えが返ってきた。
ノートや必要なものはない。と聞くと、前もらったお金で準備できました。と言っていた。
高校までであれば比較的行きやすいが、大学となるとなかなか行けないのが現状である。
ちゃんと勉強をして卒業し、一生懸命に働き、それから貧しい人の為に「何かをしたい」と思ってくれればいいのだが。


もう一人は、目が真っ白になってしまっている男の子。
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彼の病気は、生まれつきのもので、月に500ルピーの薬代が必要である。
4か月ぶりにあったのだが、少し背が伸びていた。
目の方は、ほんの少しだがよくなってきているとのこと。
だが、ほぼ見えないのには変わりないという。
おばあちゃんは生活が苦しく、どうにかしてほしいと、泣きそうに訴えてくる。
その姿を見ると、無力さを感じる。
それでも、おばあちゃんと男の子二人の家族を村の人達が貧しいながらも少しずつ協力をして生活をしている。

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この子もそうだが村の人たちは、ムスリム(イスラム教徒)である。
インドでテロを起こしている人たちも、またムスリムである。
けれど、一緒にいるインド人の人は言います。
「ムスリムだろうが、なんだろうが、貧しいことには変わりない。ムスリムという区別はあっても人間であることには変わりない」と。


大変思い言葉だと思います。
最も大切な、基本となることだ。
だが、日々の生活の中では忘れてしまっていることではないかと感じる。

2010.11.20

 今日は土曜日。
いつもながらキチリーの日である、

いつも作ってくれるのは、仏心寺のスタッフさんです。
インドの人は、ほとんどの人がカレーを作れるらしい。
人によって作り方が少し違っていたりして、辛さの加減が全然違う。
あと、塩加減も。
彼らは、いつも辛めのカレーを作る。
個人的に作ってもらうときには、スパイスを少なくしてもらっている。

キチリーが出来上がるのを見計らい、子供たちと一緒に本堂へ行きお祈りを。
ここは日本式ではなく、インド式で。
お釈迦様のつながりで、このお寺が出来、学校も開けた。
そして、今も多くの人の寄付があって、学校に通えることを実感してもらいたい。
すべての始まりはお釈迦様である。

そして、いよいよご飯!
子供たちも手伝いながら準備して、お皿やご飯を配っていく。

そうこうしていると、日本人の人が宿泊に来られた。
いい機会なので、一緒にキチリーを食してもらう。

結構辛いのだが、喜んで食べていただいた。そして、1時間以上いろいろな話をした。
綺麗な仏心寺やブッダガヤの自然の多さに大変満足してくれたようである。
これから三日間、宿泊するのが楽しみな感じであった。

同じブッダガヤでも、蚊が多くて嫌という人もいれば普通だという人もいる。
また、賑やか過ぎるという人もいれば、静かだという人もいる。
同じ場所なのに、人によってとらえ方が違うことを実感する。

ブッダガヤの象徴は、やはり大塔である。
仏教にあまり興味のない人は、遺跡であり歴史的建造物と受けとるだろう。
仏教に興味のある人、とりわけ信者にとっては、仏教最高の聖地である。
そこでお勤めが出来る、そこで瞑想が出来る。釈尊の息吹に触れることが出来る。
これが、大変な喜びとなる。

物の見方一つで、これだけ違った受けとり方が出来る。
これが、最も大切なんだと感じる。!

2010.11.19

昨日の結婚式の影響か、季節の変わり目の影響か身体が少しだるく感じた朝。

少しずつ寒くなってきているインドですが、昼間はまだまだ半袖で過ごせます。
日本では、雪が降ったみたいで、こちらからは想像できない。
インド人のほとんどは雪を見たことがなく、海を見たことがない人も多い。
もちろん海水浴もしたことがない。
テレビでは海関係の番組とかもやっている。
ある番組で、サメを題材にしたものがある。
サメが人を襲うということが取り上げられていた。
それを見た人は、サメがたくさんいて危ないのに、よくそんなところで泳げるなと言われた。
テレビの影響は怖い。


今日は、宿泊している韓国の人とお話をした。
はじめて会った時は、日本人かと思い一言も話をせずにいた。
一緒に来たヨーロッパ系の男の人が、いきなり日本語をしゃべりだしびっくりさせられた。
彼は、日本の関西で働いているらしく、部屋に案内した時に「おおきに」と言われた。
びっくり!

韓国の人も彼が日本語が堪能なのにびっくりをしていた。
日本と韓国は近いのに、自分がしゃべれないのは恥ずかしいといい、
帰ったらすぐ日本語の勉強を始めるといっていた。

僕自身も韓国のことは全く知らない。言葉も全く知らない。
言われる通り、いちばん近い国なのに、何も知らない。
まだまだ、知らないことがたくさんあって「勉強しなければ」と実感。


仏心寺に居るといろんな人と会うことができる。貴重な体験もできる。
日本に居てはわからなかった世界がある。
日本に居てはできなかった考え方・物の見方ができるようになってきた。

一人でも同じような体験をしてもらいたい。そして、日本で活かしてほしい。

2010.11.18

 今日は、インドでは大変いい日ということで、結婚式が目白押し。

仏心寺のロビーでも結婚式ではないですが、指輪の交換の式があった。
インドの結婚式は一カ月ぐらいかかる一大イベントで、いろんな式がずっと続く。
今日交換していた人達は、3月に結婚式をするらしい。
ただ、お寺ですべてをいっぺんにしてしまって、一日で終わらせることも出来るみたいである。

コルカタ(旧カルカッタ)から列車で7時間ぐらいかけて、新婦の家族や親族が11時に到着。

部屋に入りシャワーを浴びて、みんな綺麗な服に着替える。
すぐに始まるかと思いきや、そこから食事をしはじめる。
この時点でお昼の2時。

朝からスタッフも僕も、いつ始まるのかも聞かされず、ずっとロビーで待ちぼうけ状態。
くたくたの状態だ。

そこへ、やっと新郎の家族が到着した。
時計を見れば3時過ぎである。やっと式が始まった。

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ヒンドゥー教のお坊さんがお経を唱えはじめると、新郎新婦が儀式を行っていく。
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水で手を清め、お米や火を使って行っていく。

自然の中にいる、いろんな神様に感謝をする儀式だと教えてもらった。

そんなこんなで一時間の儀式が終わり、最後はカメラで撮影の嵐。
その間に、ヒンドゥーのお坊さんは一人そっと帰って行った。
後姿がさみしかった。?

くたくたになったがそうもいかず、次は友人の弟の結婚パーティーへ。

8時からの予定だが、早く行っても誰も居ないのが目に見えているので、少し遅れて到着。

家の横に食事をする会場が作ってあった。
インドの結婚パーティーは基本的に誰でも入れて、食べ放題が当たり前である。
規模によりますが。

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まずは、新郎新婦さんの部屋へお邪魔し挨拶をする。

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お祝いの品を持っていく人もいれば、お金を包んでいく人もいる。
お金を包む場合は、1、2、5、7、9の金額を入れることと、1ルピー(約0.5円)コインをいれることが礼儀である。

次から次に人が来るので簡単に挨拶を済ませ、隣の会場へ。

ブダガヤは小さい町なのでたくさんの知知り合いが会場にいた。
みんなと一緒に好きなご飯をさらにとりながら食べ周る。
カレーがメインだが、焼きそばがあったり、ジャガイモをつぶして焼いたものにカレーをかけて食べるのものなど、日本ではなじみの少ないインド料理もでていた。
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会場の一角にはディスコのような場所が設けられていて、お決まりの爆音ミュージックが流れている。
そこで、子供から大人までみんなが踊っている。
初めは人数が少ないが、どんどんテンションが上がってくると、友達を引っ張っりこんでいく。
恥ずかしがっている人も、いざ踊りだすとそこはインド人でハイテンションで踊りだす。
その周りの人達は、踊りを見ながら、ご飯を食べて楽しむ。

ダンスがうまい人がいて、黒い肌に真っ白の歯を出しながら笑顔で踊る姿は頭から離れません。
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そんな感じで約2時間いてやっと帰宅。

くたくたな一日でしたが、お祝いの席に入れたことは大変うれしく感じ、また一緒になって楽しめました。